The History of GLORIA

 

 ここに紹介する歴代グロリアは、人を惹き付ける魅力と、時代を先取りする先進性を合わせ持たせた8台のクラスカーであり、日本の高級車の歴史を大きく左右してきた名車であると言っても過言ではなぃ。

 

 30余年の伝統に8台の名車。日本の高級車を常にリードしてゆく、グロリア。

 History-1st (BLSIP-機BLSIP-) 1959-1962 

 

 1959年、当時の皇太子殿下明人様と、美智子様が御成婚された。

 この年にデビューしたプリンスグロリアは、これを記念して命名された、 “栄光” を意味するクルマである。歴史のある事を高級車の条件のヒトツとするなら、この誇り高ぃ命名の由来は、グロリアがその誕生の時から高級車としての資格を備えていたことを物語るものではないだろうか。以来グロリアは、四半世紀以上も人と時代を柔らかく見つめ、その中に溶け込んでゆく高級車はどうあるべきかを追求してきた。

 時としてスポーツカーを唸らせる走りの良さ。これは、初代グロリアが外国製4ドアセダンに負けない加速性能と、スポーツカー用サスペンションと言われた、ド・ディオン式リアアクスルを採用した時からの伝統である。

 また、他社に先駆けて開発した6気筒OHCエンジン(1962年/2代目・S41D型)、日本初のターボチャージャー付きエンジン(1979年/6代目・430型)、世界初の電子制御OD付きフルロックアップオートマチック(1982年/6代目・430型)と5速オートマチック(1989年/8代目・Y31型)など、グロリアの歴史は常に最新技術を取り入れてきた技術者たちのパイオニア精神の歴史でもある。

 

五感に訴える高級車造り(創り)を目指し、人と社会と共に進化を遂げてきたクルマ、グロリア。その課題は今もヒトツ。

「その時代時代にふさわしぃ高級車は、どぅあるべきか。」

高級車である事の重みを知り尽くしたグロリアの挑戦は、これからも続いてゆく。

 

 

時代を先取りした高速安定性。名車の原点となった、2代目グロリア。

 

History-2nd (S40D・S41・S44・S45) 1962-1967

 

 名神高速道路の一部開通とともに1963年は、日本に於ける高速時代の幕開けの年となった。

 国産車にとって高速走行が未知の分野であった中、来たるべき時代をあらかじめ予想していたグロリアは、高速時代への対応を十二分に考慮したクルマづくりを行っていた。いち早いシートベルトの採用をはじめ、夜間、後続車のライトの眩光を防止する切り替え式ルームミラー、メーターパネル・ライトの明るさを調整するコントロールランプなど、現在の乗用車の安全装置と殆ど変わらないメカニズムが、30年前のグロリアには既に駆使されていた。

 また、スムーズに加速するオーバードライブ付きミッション、走行安定性を著しく進歩させたリミテッド・スリップ・デフなど、当時でもごく一部の高級外国者にしか用いられていなかった技術を、2代目グロリアは取り入れていた。また、日本で初めてエア・コンディショナーを用意した事も、今日のグロリアの地位を築いた要因のヒトツではないだろうか。

 こうしたさまざまなメカニズムやアクセサリーの採用は、グロリアが高級車とはどうあるべきかを求め続けたからこそ、可能であったと言えるだろう。2代目のグロリアを造り(創り)上げたのは、常に時代をリードしてゆく、というエンジニアたちの自身以外の何者でもない。そしてその思いは今でも、グロリアの中に脈々と生き続けている。 

 

 

 高級車にふさわしい風格。数多くの要人を乗せた、3代目グロリア。

 

  History-3rd (A30) 1967-1971

 

 気品や風格があるだけでなく、ひと目でグロリアであるとわかるアイデンティティのあるデザイン。3代目グロリアにはまさに高級車にふさわしいスタイリングが与えられた。

 「真一文字に走るロイヤルラインの、端正な表情」。コレはこのグロリアを謳った、当時の言葉である。

 1967年、日本の自動車保有台数が1,000万台を突破し、東名高速道路も全線が開通する中、グロリアは高速走行性能はもちろん、それを支えるクルマの本質もバランス良く向上されるべきであるという立場から完成された。

 高速で飛ばしたときの安定性をどう守るか。キャビン内に侵入してくる走行騒音をどう防ぐか。その開発はあくまでも乗る人を中心になされたものである。そんな基本性能の高さが認められ、このグロリアは、貴賓用リムジンとして多くの要人たちにも乗られてきた。

 また技術面でも、清々と走る事のスムーズさ、高速走行での静粛性と安定性を満たすフルオートマチックをはじめ、パワーウィンドゥ、パワーステアリングのテクノロジーを確立。さらに、信頼性が高いフロントディスクブレーキや、万一の時衝撃を吸収するコラプシブルステアリングと言った安全性の高い技術も実現していた。グロリアの高級車にふさわしいクルマ造り(創り)は、ますます乗る人からの信頼を集めたのである。

 

 

 ショーファーカーからオーナーカーへ。ゆとりの生活を演出した、4代目グロリア。

 

  History-4th (230) 1971-1975

 

 アメリカの宇宙船、アポロ14号の打ち上げが成功し、世界中を賑わせた1971年、4代目グロリアが生まれた。高度成長期のピークにあったこの頃、クルマの普及率も急速に伸び、世の中はめまぐるしく変わりはじめた。そんな時代背景の中、高級車も徐々に社用車イメージからオーナーカーとしての色合いを増すモノに転換していった。グロリアにも新たな役割が、課せられたのである。

 開発者たちは単にクルマ造りだけではなく、人とクルマとの関わり合いにも関心を向ける事が要求されだした。こうして得た結論が「ゆとり」である。

 高級車にふさわしい様々なメカニズムをいち早く採用し、確立したグロリアは、次にクルマにとってゆとりは何かを追求した。そして生まれたのが、それまでのセダンとは趣を異にしたデザインのモデル 「センターピラーレス・ハードトップ」 である。その開放感あるスタイリングは、高級車に新しいページを開いたクルマとして大いに注目された。それは高級車のパーソナル課題一歩とも言え、ゆとりのある生活を営む中から生まれたこの発想は、多くの顧客の支持を得たのである。

 また、ニッサンEマチックと呼ばれる電子制御自動変速機、2600cc/140馬力エンジン(1972)を搭載したモデルは、高級車というジャンルにありながら、スポーツカーに匹敵する走行性能を実現するものとして話題になった。

 

 

 時代が求める様々な制約を乗り越えて。人に、社会に優しい、5代目グロリア。

 

 History-5th (330・331・332) 1975-1979

 

 高級車に求められるもの。それは見かけだけの立派さや、室内の豪華さだけではない。単に新技術を取り入れるだけでも十分とは言えない。周囲を思いやる心。そんなものがあってはじめて高級車としての深みが増すのではないだろうか。

 モータリゼーションの発達は人の行動範囲を広げ、私たちの暮らしを豊かにしてきた。しかしその半面、急速な成長は新たな課題を生み出していたのである。 「環境汚染」 。この国際的な規模の社会問題に対し、グロリアは排気ガスの清浄化を5代目で実現した。NAPS (ニッサン・アンチ・ポリュージョン・システム) と呼ばれるそのメカニズムは、技術の総力を挙げて完成した、エンジン性能を最高に引き出しながら、燃料の浪費を防ぐと言う、排出ガス浄化システムである。乗る人だけにではなく、街行く人にも優しい気配りがなされる技術でもあった。

 オイルショック後の様々な制約を受ける中、数々の工夫が凝らされ、多彩なバリエーションが生まれた5代目グロリア。特に、パーソナルユースを意識して設計され、開放的なサイドウィンドゥを実現したモデルが人気となり、その技術は他社の追随を許さなかった。また、NAPS 2800ccエンジンの低公害・低燃費はオーナーに走ることのステータスを提供。Fタイプの追加、そしてマイナーチェンジ後にはブロアムの登場も高い評価を得、75年から79年の4年間で生産累計を一気に50万台も伸ばすことに成功した。

 

 

 '79カー・オブ・ザ・イヤー・受賞。静寂の空間がくつろぎを与えた、6代目グロリア。

 

 History-6th (430) 1979-1983

 

 日本の経済大国を予言すべく、1979年には第5回先進国首脳会談東京サミットが開催された。こんな時代に真の高級車を宣言するためにはどうしたらいいのか。再び高性能が求められるようになったこの年、ニッサンは、そしてグロリアは真剣に取り組んだ。そして生まれたのが 「サイレント・グロリア」 である。

 洗練された直線のボディラインと、高水準エレクトロニクス。広告キャラクターにもゴルフ界の “帝王” ジャック・二クラスを起用。紳士のスポーツを代表するゴルフの名手二クラスと、名車グロリアをオーバーラップさせたキャンペーンは、グロリアの高品質イメージを一層高めることに成功した。

 重厚なドア。静かに息づく6気筒エンジン。技術の日産がノウハウを結集させたグロリアは、全てにサイレント設計を駆使し、驚くべき静粛性を実現。スムーズな加速の電子制御オートマチックと、優れた燃費が高く評価されたことも手伝い、日本初のターボチャージャー・エンジンを搭載したターボSは、'79年度のカー・オブ・ザ・イヤーを受賞した (モーターファン主催) 。

 コンピューター制御によるエンジン電子集中制御システム (ECCS) や、電子制御OD付きフルロックアップオートマチックの実用化をはじめとして、6代目グロリアは常に進歩を続けてきた。そしてそれはまた、来るべきハイテク時代の到来を予言するものでもあった。

 

 

 

世界の名車と肩を並べる高性能。風格とハイパワーを両立させた、代目グロリア

 

  History-7th (Y30) 1983-1987

 

  1984年のロスアンジェルス・オリンピック。1986年から始まった海外旅行ブームと、日本全土ににわかに国際感覚が浸透し始めた頃、グロリアは世界でも注目される高級車に成長した。

 自動車電子制御部門の世界的権威として知られる「自動車電子世界学会」は、7代目グロリアのカーエレクトロニクス技術に対して、最優秀賞を意味する「ルーカス賞」を受賞。このモデルも栄誉あるクルマとして認められたのである。

 高級車であり、名車であること。グロリアはこのふたつのプレステージを手に入れた数少なぃ乗用車といえるのではないだろうか。

 7代目グロリアの特徴は何と言っても、日本初の量産車用V型6気筒エンジンの搭載。そして、3リッター・ターボエンジンから繰り出す、230馬力の高出力を十分に活かす、パワー&エコノミー自動切換機能付電子制御オートマチック。その走行安定性は「未来の足」と言われた超音波電子制御ショックアブソーバを持つスーパーソニック・サスペンション。これらの装備は乗り心地と操縦安定性をハイレベルで両立させる事に成功している。

 そして、4輪ベンチレーテッドディスクブレーキやアンチスキッドなどによる安定性の向上にもグロリアは余念がなぃ。
 また、居住性に関しても、フロント・リヤシートともにパワーシートを採用。フルフラットやリラックスシートはVIPを心からくつろがせるものであった。

 

 

スポーツ&ラグジュアリーのグランツーリスモも登場。新しいビッグカーの時代を予言した、8代目グロリア。

 History-8th (Y31) 1987-1991

 

 1987年6月、豊かで多様化した時代を背景にグロリアはドラマチックにモデルチェンジされた。グレード感を重視したフォーマルカーから、乗る人のテイストを物語るパーソナルサルーンへ。「きっと新しいビッグカーの時代が来る」。グロリアは時代をそう予言した。その予言は的中しかつてない高級車ブームが到来、高級車人気は今日まで続いている。
 さかのぼれば、第2回日本グランプリレースで優勝を果たして以来、スポーツカーに型を並べる高級車としてグロリアは日本の乗用車をリードしてきた。そして、8代目グロリアにおいては、さらに深くスポーツ&ラグジュアリーを追求。ブロアム系では電子制御エアサスペンションを採用。セミトレーリングアーム式との組み合わせにより、操縦安定性と乗り心地をかつてないレベルにまで高めた。グランツーリスモ系には登場時クラス最高の195馬力を誇った2リッターツインカムターボエンジンを搭載。高級車のスポーツ性を強くアピールし、高く評価された。また、世界初の5速オートマチックもこのモデルから採用している。
 クルマが完全に社会生活の一部になった80年代。行動する事が、人間性回帰への証となる時代には、自らステアリングを握る事の出来るクルマこそ、真の高級車であるとグロリアは考えた。そして、いつの時代にも先を見据えているグロリアは、更なる進化を続けてゆく。

 

 

高度成長期時代から、心のゆとりの時代を。
激動の昭和から、調和の平成を見守ってきた一台の高級車、グロリア。
30年余りにわたる時代の移り変わりの中で、ひとつの歴史を築き上げてきた8台のクルマは、常に最新テクノロジーを積極的に取り入れ、人と社会を柔らかく見つめてきた。
その課題はいつも、五感に訴える素朴さを大切にし、人と車の調和を追求する高級車造り(創り)。
そしてその歩みは今なお止むことを知らない。
幕を開いたばかりの21世紀と、これから先の未来へ向かって。
グロリアの次なる挑戦に、大いに期待したい。

 

 “NEW GLORIA is Glorious”